多発する凶悪犯罪。


銀行強盗事件・・・
  ハイジャック・・・
     無差別テロ・・・


2000年代前半。
国内最大規模の武装組織によるハイジャック事件を契機に国家は対テロ組織専門部隊を創設する。
特殊狙撃部隊 通称GX(Generation Next)

入隊資格条件は、防衛庁自衛機動隊に入隊した極めて優秀な独身隊員に限られる。
GX入隊後は国家によりあらゆる情報を抹消され所属が不明となり、GX除隊後も自分がGX隊員であったと口外する事は一切許されない。

主な任務は・・・
凶悪組織犯罪、武装テロリストに対する手段を選ばない沈静化。
その為には、威嚇射撃をする事無く狙撃命令を実行、完遂しなければならない。

・・・オレたちGX隊員は国民をテロリストから守るべく鍛錬を行い、いつ下されるか分からない出動要請に備え、三部隊三交代制で日夜待機している。


そんな本部で待機するある日。

「・・・暇だな。どうしようもない位、世間は平和で俺たちの活躍する場がない」

三つの小隊で編成されているオレたちの小隊隊長丸藤亮、人呼んでカイザーが椅子の背凭れをギシリと軋ませながら珍しく不満を漏らした。
デスクワークに従事していた隊員全員が訝しげにカイザーを見る。
カイザーはオレたちの視線に気付くとフッと笑った。

「腕を思う存分揮える事件は起きないものだろうか、翔」

突然、同意を求められカイザーの弟の丸藤翔がビクッと肩を震わせた。
持っていたボールペンを落とす。

「え?あ?は、はい??」

慌てる翔に、カイザーは爽やかな笑みを浮かべ、持っていたボールペンで翔を指した。

「そう、お前だ。翔」
「えー・・・あのー・・・ボクは・・・って、その・・・」

カイザーらしくない質問に翔は急には答えられず口篭っている。
事件が起きるのを嫌っている温厚なカイザー。
その事を一番良く分かっている翔はそのらしくない言葉に何と返せばいいのか分からず困っているようだ。
カイザーの不謹慎な発言に同意すべきなのか、否か。
まったく、カイザーってば・・・。

「答えられないか・・・。では、万丈目、お前はどう思う?」

翔の次は万丈目準か。
カイザーの次ぐらいに真面目な万丈目はどう答えるのだろう。

「自分は、平和に越したことはないと思っていますが・・・」

額に手を当てながら、万丈目は慎重に言葉を選んで答えた。

「これだけ暇だと、確かに体が鈍るなとか思います。まぁ、待機は好きじゃないんですけど・・・」

『好きじゃないんですけど・・・、カイザーの質問は不謹慎過ぎます』
とでも言いたそうに、万丈目は最後の言葉を濁した。


オレたちGXは特殊部隊。
出動要請を受ければ、皆命を掛けて現場へ向かう。
現場でのミスは許されない。
一瞬の油断やミスは、即命取りとなる。
その為、日々、遠隔狙撃や接近戦の鍛錬に勤しんではいる。
だからと言って・・・隊員であるオレたちは、事件好きなわけじゃない。
カイザーが言いたいのは平和に慣れ過ぎてしまい緊張感を保てなくなる事の不安、危険性・・・。
確かに実戦と訓練とでは緊張感のレベルが違う。
カイザーが考えている事は簡単に予想がつくし、分からないでもない。
ただ・・・もう少し言い方や聞き方を分かり易くしてくれればと思う。
カイザーの悪い所はたまに意図の読めない発言をすることだ。
しかしそれを補って余りある程の天才的な作戦構築能力と実戦力にオレたち隊員は心酔している。
そしてカイザーの懐の深さと厳しさがオレたちが慕っている最大の理由でもある。

「よし、遊城。GX期待のホープは、この平和な世の中をどう思う?」

カイザーと目が合ったので嫌な感じはしたが今度はオレがターゲットか・・・。
『この平和な世の中をどう思う?』
さっきとは微妙に質問を変えてカイザーはオレに答えを求める。
オレも万丈目と同じで、心のどこかで物足りなさを感じている。
それは確かだ。
でも・・・。
事件を待ち望んでいるかのような誤解を受ける回答は出来る筈ない。

「オレは平和である事が最も重要だと思いますよ。ただ・・・」

オレの言葉に、カイザーの表情が少しだけ動いた。

「ただ・・・何だ?」
「平和に慣れ過ぎてしまう事に大きな不安を抱えています。特にオレたちは・・・GX隊員として」

オレの正直な思いを込めた回答がカイザーの求めている内容と一緒だったのかカイザーはふんわりと笑った。

「さすが遊城、その通りだ。スリルは平和の上に成り立っている。平和ボケしてしまえば、スリルに立ち向かえない」

・・・少し強引な感は否めないが、カイザーが言いたかった事はオレたちにはわかっている。
カイザーも的外れな質問を収拾する為にオレに意見を求めたのだろう。
持っていたボールペンを指の上で回し、カイザーは椅子を座り直した。
机の脇に溜めていた書類に目を通し始め、隊員一人一人の抱えている仕事を確認する。
カイザーが仕事に入ったのを確認するとみんな各々の仕事を始めた。
しばらくの間、紙をめくる音とペンの音だけが室内に響く。






突然、カイザーの机に置かれた電話がけたたましく鳴った。

「ん?事件か?」

慌ててカイザーが電話の受話器を取る。

「・・・・・・はい、こちら特殊狙撃部隊」

真剣なカイザーの声が室内に響く。


事件?


誰もが聞き耳を立てて、カイザーの電話に注目した。
・・・カイザーの表情が徐々に厳しく引き締まっていく。


事件だ!


オレだけじゃない。
隊員の誰もがカイザーの表情で理解した。

「はい・・・はい・・・。もう少し詳しく・・・。・・・はい。・・・はい。了解しました、直ちに準備して現場へ向かいます!」

電話を終え、ゆっくりと受話器を置くカイザーにオレたちの視線は釘付けとなる。
視線を浴びせるオレたち一人一人を、確認するようにカイザーは無言でオレたち隊員を見回す。

「事件・・・ですか?」

確認するかのようにオレが訊ねると、カイザーが真剣な表情で頷いた。

「あぁ・・・。俺たちの出番だ・・・」

カイザーの電話で緊迫した隊内の空気がより一層、張り詰めた。
オレたちは息を呑み、カイザーの次の言葉を待つ。

「いいか、お前たち」

重大な事件である事を示すようにカイザーは再度、オレたちの視線を確認しながら説明を始めた。

「今回の事件は、銀行強盗だ。どうやら、犯人は銀行に立て篭もっているらしい」
「丸藤隊長!銀行強盗なら、人質もいると考えた方がいいのでしょうか?」
「焦るな、万丈目。すぐに話す」

先走る万丈目をカイザーが制する。
ついさっきまで、返答に困る質問を浴びせていたカイザーとは全く別の顔。
それは事件の大きさを無言で物語っている・・・。

「まず、人質の件だが、行員含めて40人。現状では怪我人ゼロとの事だ」

40人・・・。
人質は多ければ多い程、死角が増え危険性が高まる。
焦りと不安が募り、隊員たちからため息が漏れる。

「そう暗くなるな。俺たちは何だ?テロに対してのプロだろう?銀行強盗位で恐れるな」

オレたち隊員の不安を振り払うように、カイザーは鼓舞してくれた。
口元には笑みを含め、浮足立つオレたち隊員一人一人を再度見渡す。
その笑みに冷静さを取り戻し、現実を見つめ直す。
万丈目が再度質問をした。

「犯人は何人ですか?」
「五人だ」
「犯人の所有している武器は何ですか?」
「全員、銃を持っているらしい」

五人・・・。
人質の人数も多ければ、犯人の人数も多い。
グズグズしてはいられない。
こうしている間にも人質は危険にさらされている。


不安・・・恐怖・・・焦り・・・怒り・・・
隊員それぞれが、胸に抱く思い・・・
その複数の思いがカイザーの一言で束ねられる。

「今回の事件の総括は、一課だ。いいか、俺たちは犯人たちをいぶり出すのが目的じゃない・・・」

そう言うと、カイザーは一呼吸空け、真っ直ぐにオレたち隊員を見つめた。

「あくまでも、一課のサポートだ。・・・支援要請だからな」
「じゃあ、今回は・・・」

一課の支援要請・・・それはオレたちGX隊員が本来の任務である狙撃命令を完遂する配置となる事を意味する。

「人質全員の救出。その為には、多少の怪我人は否めん。・・・遊城!」
「はいっ!」

突然、呼ばれ姿勢を正す。
今までオレたち隊員を見渡すように視線を送っていたカイザーがオレだけを見つめている・・・。

「準備は出来ているな?」

『準備』と表現した真の意味合いを強調するようにカイザーは口元を緩めた。
多少の怪我人は否めない・・・。
人質を無事救出する為には、威嚇射撃なく狙撃命令が下される可能性は高い。
ミスは絶対に許されない。

「はい。大丈夫です」

オレはカイザーに視線を合わせたまま小さく頷いた。
オレの返事を確認するとカイザーは駐車場へ向かうように指示を出し、オレたちは迅速に行動に移した。